Author:ranblossom
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「この水は鉄分が多いですなあ、カルシウムも若干。おおっ、マグネシウムのかすかな芳香。ナトリウムの含量からして内陸部ですね」
「小池さん、小田リン。嘘でもお隣さんくらいの台詞言いなさいよ」 隣のチームは先ほど渡辺蘭子が西遊記チームといった連中である。小柄の小太りの男が学者よろしく薀蓄を傾けていた。席が近いので会話が聞こえる。 「台詞ねえ、それではぶっつけ本番で台詞を言います。成分は水素と酸素、水素二分子に酸素一分子、分子量十八、沸点は百度」 「融点零度、最大密度は四度、だから固体の氷が水に浮く」 「湖が下から凍ったら魚も全部凍りますからね、四度の不思議ですね」 小田と小池で無理やり高校の化学の話などをした。 「水分子以外一切の混ぜ物はございません。これは茨城県つくば学園都市某研究室産の純粋な純水です」 「間抜け。どれどれ、ごくり。…浮かぶわ、この水は富士山よ。霊峰富士、そして松と港が見える」 蘭子は二人を押しのけて一番と番号の振られたコップの水を飲んだ。 「小池さん、静岡側のようですよ」 「よし、産地、静岡県」 小池は解答用紙の一番に静岡県と書く。 「これは海に浮かぶ噴火した火山」 蘭子は二番目の水を一口飲んだ。 「よし、桜島だから鹿児島県」 「着物を着た女性」 さらに三番目。 「京都だな、舞妓さんだ」 「砂浜に魚が干してある」 「千葉だな。九十九里だ」 「雪が降っている、トンネルがある」 「雪国は新潟県」 「五重塔に登った鹿がせんべいを食べている」 「奈良県」 「小池さん、決めつけが乱暴すぎませんか」 渡辺蘭子が後ろを向いて佐竹右京たちと雑談した機会に小田がこっそり小池に話した。 「水を飲んだら産地の景色が浮かぶことのほうがもっと乱暴。五重塔のどの場所に鹿が登ってせんべい食べるというのです。だいたい現状では南アルプスとか六甲山が有名だということは誰でも知っています。だから全部を山梨か兵庫と書けば一問は確実に当たります。物見遊山連中相手だからそれで十分通過できるでしょう」 「そうなると一回戦敗退が濃厚ですね、イヒヒ」 「どこかで本格的に一杯やりましょう、小田さん。軟水で水割りでも」 「そうしましょう。時間はたっぷりあります。苦みばしった硬水で水割りでも」 渡辺蘭子がなめた後、小池と小田が水十杯を飲んで一回戦は終わった。 「ええと、あった。『スナック鉛の飛行船A』チーム。四十位、正解一問、一回戦通過だ」 ゲームの方は制限時間十五分であっさりと終わり、十分休憩、地元楽団の簡単なアトラクションの後、一位から五十位までの順位表が張り出された。入試の発表を見るように百五十人の参加者が殺到している。 「全部はずれが十チームいたわけですね」 「一位は五問正解か、それも一チームだけ。助かったな、今回はレベルが低い」 旅行会社の企画した遊びなので飛びぬけた才能は参加していないようだ。 「小池さん。これは、どういうことよ」 人ごみの中で渡辺蘭子が叫けんだ。一瞬ざわめきが中断し、静寂となる。 「一回戦通過ということだ、おめでとう」 小池は握手をするために片手を差し出したが、渡辺蘭子はその手をぴしゃりとはねつけた。 「ビリだわ。生まれてこのかた勝負ごとで初めてビリをとった。悔しい。右京ちゃんのチームは二問正解で二十五位よ」 つまり二問正解が十五チームいて一問正解が渡辺蘭子たち一チームだったということになる。 「銀ぎつねさんは二位ですね、四問正解」 渡辺蘭子が西遊記と言ったチームは『千駄木銀狐』というゼッケンをつけている。 「何よ。そもそもあんたら世間で有名と言われている大学を出て、この体たらく。穀つぶし。二位を大きく突き放して王者の貫禄を見せる絶好の場だったのに、不完全燃焼よ、この創痍(そうい)は簡単には癒えないわ。あとはどのように責任をとるかで人物の大きさが測れるわね、私はあんたらは逃げる方に賭けるけれど」 「大学など関係ありませんよ、それに後ろに十チームいます、ビリではないです」 「一問当たったことを素直に喜ぼう」 全部出鱈目に言って一問当たったのだから確率的には大したものである。 「ろくでなし。私など大学へ行きながら働いているのよ」 「すみません、大学で遊んでいました」 「まあ、そこまで無能ならサラリーマン最大の屈辱、会社に入ったら『上司の方がすべてにおいて無能だった』という状況に落ちて悩まなくて楽ね。だけど万が一部下が出来たらその部下はかわいそうだわ。人格、能力すべてにおいて劣った狭量で下劣な人間を上司にしなければならないのだから。無能なくせに富と権力を独占壟断したがり、うわべを飾り見栄をはり、ぬくぬくと太った豚になることを人生の目標にしている蒙昧固陋な蛆虫。私なら殺すわ」 「いや、無能な上司は喜ばれる」 「そうです、そうです。重たいと思っていた頭の上の石が実は軽石だった。これは楽ですよ」 「小田リン、家来のくせに私に説教するとは生意気よ」 「禄は頂いておりませんが」 「年間五石(こく)。否、五粒は与えておる」 つまり米五粒だ。 「もっと下さい」 「三河以来の中間でそのような口を利いたのはその方が初めてじゃな。恩知らず。だが心優しい余(よ)は慇懃(いんぎん)に指導してしんぜぇる。禄が少なく苦しいのは家臣皆同じ。提灯作りの内職をせよ、その後は爪楊枝をくわえておけ」 「提灯が供給過多になりますよ」 「大丈夫。今なら私の考案した『必ず絶対儲かる内職講座』があるわ。まず小田リンは入会金、年会費、材料代を私に払うこと。ちょっと値は張るけれど領収書は出ないわよ。私が別ルートで調達した竹一本と半紙をあげるからそれで提灯作りなさい。工具や糊や絵具はたいしたことないから自前ね。出来た提灯は私が買い取ると出入り業者との癒着を疑われるから自分で市場を作って売るなり、廃品回収に出すなりして処分してね。それから、まだシステムが確立していないから一度預かったお金は返却出来ないの、面倒を避けるために契約書に署名捺印して損害賠償の権利を放棄してね」 「必ず儲かるのですか」 「必ず私が儲かる。そうでもしてくれないとビリという悔しさが一生尾を引くわ。小田リンのせいで」 「蘭子ちゃん、勝ち残ったことにこそ意義がある。これからだ」 「そりゃあ私の精神力ならば後方に待機してじっくりと隙を窺うことは可能。だけどあんたらのような二流の骨無しが一緒というところが大心配。後塵を拝して砂や泥をかぶり士気が低下するのが懸念事項。ぼんくらしていたら許さないわよ」 「わかっています」 小池と小田は自信満々に答えた。顔にはまだ出ていないがアルコールが入っている。二人の言っていることは適当になりつつあった。 |
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