Author:ranblossom
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四回戦は湯豆腐不動駅前、レストラン尋常給食堂でなつかしの小学校学校給食の数々、大食い大会となった。今まで勝ち抜いてきた二十チーム六十人が参加し、十チーム三十人にしぼられる。各参加者に一人前の学校給食が配られ全部食べたら次の注文が出来る。一人で食べることが出来なかったらチームのメンバーに助けてもらっても良いというルールだ。
「ここが噂の懐かし給食堂ね、渡辺の姉さん」 店内に入り、渡辺蘭子と並んで歩いている佐竹右京が言った。店内の雰囲気は昭和年代の小学校の教室そっくりである。 「懐かしの給食を食べさせるところね、郷愁を誘うわ」 「これだけ懐かしいということは大正時代?」 「たぶん後期縄文時代あたりよ」 「揚げパン、カレーシチュー、焼きりんご。何が出てくるのかしら」 そう言いながら右京たちは少し離れた自分たちの場所へと移動した。 「私はアメリカンドッグ食べたい、辛子つけて。ねえ、小池さん」 参加チームごとに机で島が作られている。渡辺蘭子、小池、小田も所定の場所に着席した。 「今回だけは駄目かも」 小池は心配事でもあるようにぽつりと言った。この店に入った時から元気が無い。 「何でぇ? たくさん食べれば良いのだから、いくら出来そこないの村横綱でも楽勝でしょう。温存した腐れポリバケツの出番、ワンツーよ」 「聞いてくれ、蘭子君。俺、学校の給食を食べられない」 「何でぇ? ポリバケツも食べるくせにおかしいわよ。サラリーマン百人のうち学校給食を懐かしむ人は九十九人、さっき車内で見た週刊誌の広告に載っていたわ」 「残りの一人です」 「わかった、私への嫌がらせね。私が負けて悲しんでいる時にあざ笑う魂胆ね。腐った人間とは既に断定していたけれど、人の長所しか見ない私は根性や情熱や気概は小匙一杯くらいはあると思い込んで失敗した」 「いえ、本当に給食は駄目です。日本が貧しい時代、少年期を過ごした人間の心の傷でしょうかねえ。食べ物が嫌いというのではなく、先割れスプーンとか、変にゆがんだお盆とか皿を見ると食べるという思考がなくなってしまいます。そのかわり吐くという思考が胃の上部から食道にかけて問答無用で持ち上がってきます。もう少し年配だと牛乳飲めないとかパン食えないとかかぼちゃ食えないとかもあります。米食の方がはるかに美味しいのに何故あんな無茶をしたのですかねえ。後でわかったことですが食器からは環境ホルモン、その他の毒が出て、熱に弱く殺菌が効かない。日本人絶滅させる謀略だったのかなあ」 小池は学校給食でボタンをかけ間違えた一人であろう。 「間抜け。少しだけ若い小田リンはよもやそんな我儘言わないでしょうね」 渡辺蘭子は小田を睨みつけた。 「給食は相当苦手な部類ですね」 「不味い食べ物なら得意でしょ」 小田の好きな食べ物は不味いものである。料理人が全力を使って作った不味い料理を探して西東(にしひがし)が趣味である。しかし単に不味いだけのものには興味がない。自分で調理すればいつでも出来るからだ。 「それにサラリーマン九十九人は給食が懐かしい、残りの一人は小池さんが取ったから小田リンは給食が好きなのよ」 「わたくしは学校嫌い、中でも給食時間拒否症候群です。給食見ると血圧が上がり、脈拍が上がり、呼吸が止まる」 「何であろうと給食好きなのよ、週刊誌が嘘を書く訳はない」 「では、給食好きで良いですよ、食べられないけれど」 「好きな物は残さずに食べること」 「どうですかねえ、要は小学校時代を思い出さなければ食べられますよ、最大二人前。でもねえ、木製の黒板とか努力と書いた額縁とか一週間の時間割とか子供の描いた絵や習字など貼られていますからねえ、小学校の机だし。不安です。掃除当番の回転式役割分担表がとどめ。最悪この場所から逃げ出しますが、その時は適当にやって下さい」 この給食レストラン、内装が小学校の教室とそっくりで先生用の大きな机や水栽培の球根、吊り下げられた白衣入りの給食袋まである。 「全く。日本の親父はいつから大事な物事を開始する時に言い訳をするようになったのかしら。言い訳しないと動けないのよ。こんな連中が社会の中枢にいるのでは、経済が失速するのは明白。景気が冷え切るのは明白。国際競争力が落ち込むのは明白。意気地無し、弱虫、蛆虫」 「学校嫌い及び蛆虫になったのは、小学校四年生から六年生までヒステリー女教師に当たったのが原因ですね。目の仇にされ毎日毎日さんざん怒られました。特に給食の時間は拷問でしたよ。今の時代なら生徒虐待で大問題ですよね。今でも鬼女教師の顔を浮かべると、屈辱感と怒りで精神がアンコントロールの状態になります。夢にも出てくるのですよ。今からでも遅くないから復讐しようともふと思いますね、理性が止めるけれど」 「それはきっと小田リンが生意気な子供だったからよ、人のせいにしてはならぬ」 「隣の男性教師が担任のクラスは、好きなものを好きなだけ食え、嫌いなものは人にあげろという思想だったから、あっちのクラスなら給食を食えたかも知れないですね。学校給食で他人への施しが奨励されていれば日本人はもっと慈悲深い民族になったのと違いますが。そのようなわけで教師と給食は嫌いです」 「給食なんかパンと牛乳とおかずと果物でしょ、深く考えることはないわ。それに私とて給食当番の『蘭子様』として子供用割烹着を丁寧に洗濯したクチ、当番の時男子はみんな私からおかずを貰いたがっていた、食欲がそそる顔なのよ。ついでにつまみ食いもしたわ。一ヶ月に二十食以上の給食を食べた過去の実績から鑑みると、それを一時間に短縮することは強(あなが)ち不可能なことではない」 「一時間で二十食ですか。さすが蘭子ママ。得てしてそういうすらりとした体型の方が食べるのですよね」 ガリガリではないがスマートな体型の渡辺蘭子である。小田は痩せの大食いと理解した。 「小田リン、人を当てにしないこと。ねえ、小池さん」 「頼みますよ、『蘭子様』さん」 「小田リン、怖がることはないわ。ここには癇癪起こすヒステリー女はいないから大丈夫」 渡辺蘭子から見れば見える範囲には問題となる人物はいないだろうが、自分のことは都合よく数えていない。外面(そとづら)は良いが内面(うちづら)は激しい家庭内暴力型の渡辺蘭子にとって、付き合いが長く半分身内のような小池と小田には気の向くままに癇癪を炸裂させ自分のストレスを解消している。さらに都合の悪いことにこの教室には鏡が無い。 |
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「ねえ、小池さん。私切符を買ってみたの」
電車から降りてぞろぞろと改札へ移動する時である。渡辺蘭子は切符をひらひらさせて小池に見せた。 「何で?」 「お金で」 「はあ?」 「ひっかかったな、エロじじいめが。自動改札の雰囲気を味わいたかったのよ。さっきのくぬぎ大仏駅で湯田ちゃんに買ってもらったの。無理やり。脅して。湯田ちゃんの後をついて私も自動改札に切符を入れた。とても緊張したわ。すると、私の反射神経に挑戦するように前方にひょこりと切符が出てきたのよ。私は全神経を集中させて獲物を狙う黒豹のようにすばやく手を出し切符を掴んだ。高圧電流が流れているのではという不安が精神の深層部に去来したわ、しかーし、極限状態においては勇猛果敢を旨とする私は臆病風に負けなかった。きっと小池さんなら取り損なうところね」 「毎日やっているが取り損なったのは一度だけ」 そのまま忘れてしばらく歩いたら見知らぬ人が忘れた定期券を持ってきてくれたのだ。 「私はたった一回で自動改札の各論総論総てを学習したわ」 渡辺蘭子と湯田は列から離れ自動改札へと向う。小池だけが見ている中、湯田が通り、少し離れてから、目をくりくりさせて渡辺蘭子が通った。そして自動改札のアラーム音がなった。 「何でえ! 何でえ! 何でぇ?」 渡辺蘭子が叫び声をあげたので、一瞬であるが団体客、一般客の視線が渡辺蘭子に集中した。渡辺蘭子はその場に呆然と立っている。 「私は切符をちゃんと入れた。だけど扉がぱたんと閉まった。湯田ちゃんは出たのに私は閉まった。この機械は壊れているわ、機械の分際で人間様をなめている。鑑みるに電磁波の影響よ、小池さん」 「あのねえ」 小池は渡辺蘭子の所へ近寄って行った。 「機械が壊れている。切符を買った私を通せんぼする」 渡辺蘭子は、まだ自動改札機の途中で立ち尽くしている。ゼッケンを付けているので居合わせた駅員も不思議そうに見ているだけだ。ダダ乗りでもキセル乗車でもなく、事故や急病でもない。 「あのねえ黒豹さん。切符入れたらその左側を通りなさい、右側通っても駄目だ」 「そんなこと切符のどこにも書いていないわ。私は切符に書いてある文字を一字一句じっくり読んだ。双頭蛇の細かい文様も確認した。横にある四桁の数字も四則演算してゼロにしたわよ」 渡辺蘭子のやったことは子供しかやらない遊びである。 「もっと基本的な間違えだぞ、通る場所が違う。いくら正しい料金の切符を入れても違うレーンを通ればコースからはみ出したことでアウト失格」 渡辺蘭子は切符を入れた隣の通路を通ったのだ。 「何よ、潜在的サウスポーの私は左側に切符を入れて右側を通り抜けるのよ」 「通してくれなかっただろう。だいたい左側に切符を入れ難かっただろうが」 小池は左手を横に伸ばし手首を直角に折る動作をした。こうしないと隣のレーンへ切符を入れることは出来ない。 「隙の無い、一連の芸術的な動作を見て欲しかったわよ」 「ほら、みんな行ってしまった。行こう」 グルメツアーの団体はおかまいなしに遠ざかって行く、団体から少し遅れて小田たちがぼうぜんと見守っていた。 「早く行きましょう」 小田が手招きしているので小池は一歩踏み出した。しかし渡辺蘭子はまだ自動改札の所で止まっている。 「小池さん」 「どうした」 「切符が出て来ない。本日限り有効なのに」 自動改札機の前で不思議そうに佇む渡辺蘭子であった。 |
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「あら、止まったわ、駅でもないのに。…ぎょわー」
電車は渡辺蘭子にとって予想外の動きをした。渡辺蘭子から見て後方へ進んでいた電車が一度止まり前方へ動き出したのだ。絶叫マシーンでもないのに叫びまくる渡辺蘭子である。 「こ、小池さん、こ、これはどういうこと、逆方向へ…」 状況がわからない渡辺蘭子は手すりを両手でしっかりと握った。 「心配するな、スイッチバックだ」 「……何?」 「折り返し運転の一種だよ」 「ぶっ魂消(たまげ)たあ。今まで車掌をしていた人が運転士に早変わり。こんなどんでん返しはテレビドラマの変装ものにもないわ。あら、線路が分かれた」 線路は今まで来たところから左方向へ分かれて進んだ。これがないとただの折り返し運転である。 「この仕組みは電車が高度を稼ぐ時に使う。ジグザグに山を登っていくわけだ、箱根の鉄道にもある。他にも平坦な所や空いた土地へ駅を作るためちょこっと折り返すこともあるが、ここは理由が全く無い、ただのスイッチバックだ。東武野田線の柏駅も同じだけれどあそこには駅がある。ここは理由がないスイッチバック」 帝国陸軍の練習線としての歴史有るへび道鉄道の実力をこれでもかと見せつける場面である。 「最後部にいたのにいきなり先頭になったわ、得した気分」 「電車は前と後ろ両方が前と後ろになる」 「すばらしい、そんな術は伊賀忍法の面従腹背の術にかろうじてあるくらい。すばらしい」 渡辺蘭子は素晴らしいを連発した。 「次はアプト式ね」 一度聞いた言葉をなかなか忘れない渡辺蘭子からはこのような難解な言葉も口をついて出てくる。 「急勾配がないからそれは無い」 「なーあんだ」 渡辺蘭子は残念そうに上唇を尖らせた。そして両側が土手で視界のきかないところから一気に前方の視界が開けた。前方はこれまでより低い土地であるが線路は同じ高さを保ち鉄橋となっている。 「どっひゃーあ」 再び叫んだ。両手で手すりを握り締め身体を小さくしている渡辺蘭子である。 「よく見れば木製の橋よ! 細かい横揺れが来たわ」 事実、木製の橋であった。微妙な振動が鉄橋とは違う。運転席の後ろから前方を見ていた時に橋にさしかかったりしたらこたえられない。線路は左にカーブしながら徐々に高度を下げる。そしてさらに左へカーブする。さらに高度を下げ左へカーブ。そして通ってきた線路をくぐる。 「凄んげえ」 これは高度差十メートルというほとんど意味の無い、維持費のかかるループ橋であった。さらに富士山と同じく無料で万人の被写体になる。 「おっ魂消(たまげ)たぁ、小池さん」 「ついに最大のポイントループ橋を通過したな」 「あまりにも雄大過ぎる、あまりにも壮大すぎる。電車とは芸術よ、哲学よ、文学よ」 「わざわざループ橋にしなくても十分下りきれる高低差だからな、面白いだろう」 「駅だわ。感動の残滓。まるで遊園地のジェットコースター乗り場みたい」 電車が手前から速度を落としているのでホームにいる人が身を乗り出してこちらを見ている。それがジェットコースター乗り場と同じように見えたらしい。 そして電車は湯豆腐不動前駅へと到着した。 |
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「これから大食いの種目があるはずです」
フナオが言った。開始駅のホームでなされた説明でそのように知らされていた。 「そうね、会長のチームは食べるフナオ君と知識の湯田浪人、最高のライバルだわ。それはそうと。…小池さん、小池さん」 渡辺蘭子は大声で五メートルほど離れたところに座っている小池を手招きした。 「何だよ」 小池とついでに小田もやってきた。二人とも動きが鈍い。 「見てご覧なさい、景色がどんどん後ろに行くわ。これは凄(すげ)ーや」 今度は車掌側から見える景色を発見した渡辺蘭子である。 「さっきと逆なだけだろうが」 「人生のようよ、どんどん過ぎていく。決して戻れない。電車というものを甘く考えていたわ、これは高級な精神文化よ。…あら、踏み切りが開いて人が通っているわ、感動感動、凄んげえ、凄んげえ。ぎゃー」 名物のL字カーブだ。予期していなかった渡辺蘭子は叫び声を上げて近くの手すりに飛びついた。 「開かずの踏切ではなかったということだな」 「車より速い」 電車は平行して走っている車を並ぶ間もなく抜いていく。 「全く。こんなことで感動するなよ」 「日常の些細な花鳥風月に感動する私、さながら伝統的な美の探究者。思い出を悲しいまでにつないでいく線路、うつろい、直角カーブ、ぎゃー。そして無常。私は正に万葉詩人」 後ろを見ているのでカーブに対する反応は後づけだ。回りの人間は舌でもかむかと心配している。 「では一句。『電車道、通り過ぎるも、電車みち』」 渡辺蘭子の隣に立っていた小池が俳句を詠んだ。 「バッカじゃねえの、小池さん。こんな状況下で俳句なんか詠んで、それも下手くそ、決定的な欠陥は季語がない。きっと松尾芭蕉に笑われる」 「松尾芭蕉が俺の為だけに笑ってくれるのなら笑って欲しいものだ、金出してもいいぞ」 「小池さんが俳句を読むということは俳句に対する冒涜よ、反逆よ、謀反よ」 「それなら僕が読もうかな」 「小田リンのくせに生意気よ。俳句知らないくせに」 「作ったことは一度もありません」 「俳句は五七五で季語が要るのよ、知らないだろうから教えてあげるわ」 「一応知っています」 「それなら地図は北が上、これは知らない筈」 「知っています」 「電池はデベソがプラス」 「知っています」 「きい!」 あしらわれて悔しがる渡辺蘭子である。 「磁石は必ず北を指す。ふたご座の一等星はカストルとボルックス。日本で二番目に高い山は南アルプス北岳、世界で三番目に高い山はカンチェンジュンガ。尾張藩は表高六十一万九千石。ビーフンの原料はお米。鎌倉幕府四代将軍は藤原頼経。原子番号八十八はラジウム」 渡辺蘭子は速射砲のようにランダムに知識を並べた。クイズ番組の予選に出場出来る程度の雑学知識はある。 「はいはい、今初めて知りました。ありがとうございます」 「よろしい。余は満足じゃ。をほほほほ」 「それでは俳句を、『レールは続き、一杯一杯また一杯』と。絶句」 「私の言ったことを一つも理解していない、絶句するわよ」 渡辺蘭子は指を折り、語数を数えながら反論した。 「駅ごとに酒が飲めることをたたえたのです。但し李白の盗作、いや、そのまま」 「誰が何と言おうと俳句は五七五で季語が要るのよ、新俳句は私は認めない」 「だから絶句です」 「だから私も絶句よ、小田リンの間抜け加減に。チンプンカンブンよ」 「その通り、漢文です」 電車の音にかき消されたところもあり、先へ進まぬ会話をする渡辺蘭子と小田であった。 |
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「珍しく外国を誉めたな」
「お肌のかぶれはないけれど西洋かぶれはあるの。そうそう。電車を題材にした歌はたくさんあるわね。小田リンはどの歌が好き」 「そうですね、グラディスの『夜汽車よジョージアへ』ですかね」 「西洋かぶれね。驕慢(きょうまん)人。小池さんは」 「『ロコモーション』だな、それもグランドファンクバージョン、ノイズが面白いぞ」 「ドゥービーブラザースの『ロングトレイン・ラニン』、MFSBの『TSOP』も良いですね」 「『エクスプレス』BTエクスプレス、『ラブ・トレイン』オージェーズ」 「『トレイン』1910フルーツガムカンパニー」 「『涙の乗車券』ビートルズ」 「『ステイション・トウ・ステイション』デビッドボウイ」 「ジェスロタル『蒸気機関車のあえぎ』」 ここまで聞いて渡辺蘭子は我慢の限界を超えた。英語不要論者の渡辺蘭子である。横文字の連続に決して頑丈に作られていない堪忍袋の緒が切れた。 「黙らっしゃい! いいかげんにしなさいよ。私が口を挟む暇が全くないじゃない。そんな三流の暗号を並べられてもわからないわよ」 小池、小田ともに日本の音楽が欧米の音楽に追いついていない時代に少年期を過ごしている。当時は歌の下手なアイドルが全盛だったので音楽鑑賞という切り口からは聞けたものではない時代だった。流行歌はアイドル鑑賞の数ある道具の一つだったのだから仕方ない。したがって流行歌のような音楽に関しては欧米の曲を有りがたがる。 「石橋正次『鉄橋を渡ると涙がはじまる』」 「グループサウンズ時代の歌は苦手。もっと新しい日本人の歌を言いなさいよ。あああ、どだいこの面子で電車の歌の話をしようとしたのが間違いだわ、理解者のいない孤高の私」 渡辺蘭子は足を投げ出して下を見た。 「渡辺さん、こっちこっち」 電車の一番後ろ、車掌席の見える場所に佐竹右京、湯田、フナオがいて渡辺蘭子を手招きした。今回は最後尾の車両に乗った渡辺蘭子達一行である。渡辺蘭子は立ち上がりその場所へ向かった。電車が動いているのでよろけながらの前進である。電車の中で移動するという人間は多数存在する。急いでいる時は仕方ないであろうが習性として移動する人間もいる。降車駅の階段や出口に近い場所に行きたいわけだがそういう場所は混んでいて簡単には目的を果たすことが出来ない。個人の裁量で電車内の移動をする分には問題ないが、同行者にこのような人間がいると迷惑なこと甚だしい。 「佐竹右京会長、調子良さそうね」 やっと車内を五メートル移動した渡辺蘭子である。 「これは私一人の力よ」 佐竹右京は自信満々である。このグルメツアー、総合順位が必要なのは次の試合の席順だけであろう。毎回十チームずつ冷酷にふるいにかけられていく。 「私たちは総合二十位、まあ、あのぼんくらの大酒飲み二人でここまできたのは当然私一人の力よ」 渡辺蘭子も自信満々だ。 |